2015年11月1日日曜日

『奇異の獄』現代語訳(松村佳直)

 以下、『クトゥルフ神話掌編集 2015』に掲載されている『奇異の獄』を御覧頂いた方だけがお読みください。
 
 
 現代語訳(松村佳直)
 
 昔、男がいた。
 自分はこの世にいてもしょうがないと思い、「都にはいられない。東(=田舎)に自分のいられる場所を探しに行こう」と、友人を二人ほど連れて出かけて行った。

 上野国[こうずけのくに](現在の群馬県)に行くと、ばったり出会った、北の方に住んでいるという人が、「鬼がいるぞ」というので、興味をそそられて見に行こうとする。
 やがて鳴兎子[なうね]という場所にたどり着いた。そこを「鳴兎子」と呼ぶのは、兎の仔が鳴く声に似た音の風が吹くからだという。

 分け入って行こうとする道は忘れられた古い道で、とても暗く、細い道である。
 ツタやカエデが生い茂り、なんとなく不安で、おちつかない気分になっていると、日が暮れて風が吹く。
 それは奇妙な音で、一緒にいた友人たちは「鵺が鳴くのだ」「兎の仔の声か」と言う。
 奇妙だと思って、連れて来ていた荒くれ者たちに刀や弓矢を構えさせると、木々の間に名状しがたいなにかおそろしい「もの」が見えたので、刀や弓で襲わせた。
 星の光や月光に照らして見てみると、草むらにこぼれたイノシシの血がぐつぐつと沸き立つように蠢き、切り落とされたイノシシの頭が、逆さまのまま蜘蛛のような足を生やして走りだし、どこかへ消え去った。

 急に北の方の空が青白く光った(チェレンコフ光か)。
(男の)友人である女性が「天狗(あるいは古代の邪神)がいるのです」とおっしゃったので、身分にかかわりなく(その場にいた)全員がぞっとした。
 ツタやカエデが蛇のように踊りだし、荒くれ者たちが、あるものは喰われ、あるものは狂ってしまった。
 木々の間には名状しがたいおそろしい「もの」が数多くうろついている。
 高く、兎の仔が鳴く音がして、(男たちは)逃げ出して、朝になってようやく人里へ辿り着いた。

 その時、以前出会った北の方に住んでいる人だという奇妙な存在が「鬼がいただろう」と笑って言ったので、男は太刀を抜いて鬼(=北の方に住んでいるという人)をぶった切ると、その首は蜘蛛のような足を生やしてどこかへ消えていった。
 そこで男はこのように歌を詠んだ。

「鳴兎子という奇怪な山に瘴気が煙のように立っているのに、近隣のものが気が付かないことがあろうか(気がついているはずだ)」
 
 
 解説(松村佳直)
 
 これは日本古典文学の一つ、『伊勢物語』に失われたエピソードがあったら……という設定で、文体模写をしたものです。
『伊勢物語』は平安時代に実在した、貴族で歌人の「在原業平」をモデルにした「昔男」というキャラクターの一代記的物語集で、オムニバス形式の各話クライマックスに歌が配置されているとことから「歌物語」と呼ばれます。
 この中に、「浅間の嶽」と呼ばれるエピソードが有り、原文はとても短いものですが、その「浅間(=浅間山)」と「奇異(=あさまし)」を掛け、「物の怪」の語源である「物(=なにかよくわからないもの)」を映画『遊星からの物体X』とその原作「影が行く」に出てくる怪物「The Thing」に掛けてできあがったのがこのお話です。
 元の「浅間の嶽」は、最初はこんな話だったのだが、時代が移り変わるにつれヤバイと思われ書き換えられていった……といったテイで受け取って貰えたらいいかしらんと思います。
『遊星からの物体X』の原作である短編小説「影が行く」は、扶桑社文庫『クトゥルフ神話への招待』でクトゥルー神話の一編として認知されるよう誘導されているので、用いても大丈夫かなと思いました。
 
 以上。 
 
 

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